高校生「聞き書き」作品集
智恵美人とちえびじん ~伝統を守り、世界へ挑戦~
高校生「聞き書き」作品集
取材対象者 | 中野 淳之(大分県杵築市) |
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聞き手 | 山田 天翔・南村 祐毅・工藤 柚月・塚本 そよ(大分県立杵築高等学校 普通科) |
取材日 | 2019年10月4日・11月9日 |
目次
6代目社長
私は、中野淳之です。生まれは奈良県橿原市だけど、杵築で育ちました。今年40歳になります。中野酒造の創業は明治7年(1874年)で、私がこの蔵を継いで5年目になり、6代目社長になります。杵築幼稚園、杵築小学校、宗近中学校、杵築高校を卒業。東京農業大学醸造学科を卒業して、5年間大阪に行きました。そこで、お酒の問屋などで商売の経験をしました。先祖がこの蔵を始めようとした理由は、諸説あるんですけど、昔はお酒が重宝されていた時代だったということと、お酒を飲む人が多かったのと、この蔵の水がおいしかったからという話があります。今年で147年の歴史があり、いいお酒をつくりたいという思いと杵築の人たちと、お店の人たちと、あと世界の人たちにも喜んでもらいたいという思いで続けさせてもらっています。
お酒づくり
日本酒の原料はお米と、麹と、水です。麹っていうのは、お米に麹菌っていう菌をはやして微生物を繁殖させたものです。お米は、地元の農家さんのものを主に使わせていただいて、水は地下200メートルから引っ張っています。麹に蒸したお米と、水を混ぜ合わせて発酵させ、そこに我々が蔵で培養している清酒酵母を入れて約1か月発酵を見守るとお酒ができます。
蔵の中ではクラシック音楽を24時間365日流しています。理由は酒の発酵のにおいにより、酵母が活発に動くという説があるからです。
お酒づくりにもいろいろありまして、出来上がった後に焼酎を入れて味を良くするとか糖類を入れて甘くするということが可能で、そっちのほうが単価も下がりお店としてはいいんですけど、農家さんから大切なお米をもらっているので、焼酎や糖類は入れずに基本的には米と麹と水でつくっています。あと、うちではリキュールもつくっています。リキュールというのは、お米と麹でつくった日本酒に例えばカボスや梅などのベースを混ぜ合わせたものです。
うちでは、紅茶リキュールとレモンリキュールをつくっています。こっちのほうも、今は好評です。
お酒づくりをするうえで大事な3つの要素
お酒づくりで大事なことは3つあってね、お水、お米、そして後はチームワークね。
まずお水は、中野酒造で代々引き継がれている柔らかいものを使っています。次にお米は、地元の農家さんのものを使っています。地元のものを使うことで、商品により愛着が湧くし、何より地域の方とのつながりも強くなるので、おいしいお酒をつくるためには重要なポイントです。
チームワークは一番大事なことだと思いますね。だから本当にチームワークを大事にして、地元のみんなでお酒をつくっていきたいです。
出荷量
日本酒とリキュールと焼酎を合わせて一升瓶は9万本つくっています。ですが、最近は海外への輸出でハーフサイズの瓶も増えているので、数量ではその倍ぐらいは出荷しています。今は、出荷額の4パーセントぐらいが海外ですが、将来は1割ぐらいは輸出したいと思っています。しかし、全体の50パーセントはこの大分県で、愛されるお酒にしていきたいと考えています。
「智恵美人」と「ちえびじん」の由来
明治7年の初代女将の名前が、「智恵」ということで、お酒に「智恵美人」という名前が付きました。○○美人という商品名は、江戸や明治時代から多く、昔は男性が飲むもので「美人」ってつくと喜んでいたから、多かったんだと思います。私が杵築高校を出て、東京農業大学に行き、お酒について勉強をして、そのあと大阪に行って帰ってきたんですけど、その時に漢字の「智恵美人」を売るのにとても苦労しました。 でも明治7年から続く「智恵美人」をやめるという決断はできなかったし、「智恵美人」という名前に愛着があって残したかったので、別ブランドとして10年前にひらがなの「ちえびじん」を立ち上げました。
「智恵美人」と「ちえびじん」は味も違います。根本的なつくり方は同じなんですけど、ひらがなの「ちえびじん」の方がお酒を飲めない方でも飲めるようにちょっとフルーティーで口当たりが柔らかい。一方昔からの「智恵美人」は落ち着いた味わいでゆっくり飲むことができます。
漢字の「智恵美人」は昔から守られて代々続いているので伝統を受け継いでいき、ひらがなの「ちえびじん」はいち早く認知していただけるように頑張っていきたいです。
世界進出
私は日本酒をつくって日本の人に飲んでもらいたいと思って、6年前までは国内でしか販売をしていませんでした。でも、6年前から台湾の人が飲んでおいしいってなって、今度は中国の人が飲んでおいしいってなって、そして、オーストラリアの人が、アメリカの人が、フランスの人までも、飲んでおいしいってなって、今は、7か国ぐらい日本酒が出荷されています。このお酒が、県外にいくと地元の杵築のことを知ってもらえるし、地元の農家さんと一緒にやっているという思いがあるので社員のモチベーションも上がり、誇りをもって世界の方々に説明した り、お酒のおいしさを伝えることができます。また、これからはもっとおいしいお酒をつくっていきたいですし、最近、国が日本酒の輸出を支援するという取り組みも始めたので、利用させてもらって、2020年には10か国を目指したいです。
表彰
2018年に、「ちえびじん」は、フランスの日本酒コンクール(kuramasuter legrandconcours de sakejapanais de paris2018)というコンクールで、ブレジデント賞を受賞しました。この大会の審査員の中には、最高級クラス5星ホテルのソムリエや、3星、2星レストランのフランス美食家たちが58名いらっしゃいました。ワイングラスでテイスティングし、出品数650のアイテムの中から選ばれました。こうして、海外で表彰していただいたりっていうのは、日本酒を輸出する中野酒造ならではのやり方が認められたことが要因なんじゃないかなっていうのは感じましたね。
食文化の変化に合わせたお酒つくり
食文化も昔は大分県で言ったら別府湾で捕れた海鮮ものとかが多かったんですよ。でも今どっちかというと、僕もだけど若い子は、肉料理とかチーズ料理を食べるようになってきているので、そういうお料理にも合うお酒をつくりたいなぁと思っています。日本酒って本来、お料理と楽しむものなんですよ。僕はお料理にあんまり詳しくなくて、これからはどういう食べ物に自分たちがつくるお酒が合うのかというのを、日本のお酒だけでなく海外のお酒にも触れながら研究していきたいです。またこれからの料理の変化に合わせてお食事を提供する場所にも寄り添えるようなお酒をつくっていきたいです。
中野酒造ならではの取り組み
原料のお米は、安心院のほうの農家さんの協力で学生さんに田植えから稲刈りまで行ってもらい、収穫したらお酒をつくるというイベントを17年間やらせてもらっています。イベントでは安心院の方のお米を使って、安心院で田植えから稲刈りをしていますが、基本は杵築市山香町のお米が多く、今後も山香米を増やしていきたいです。日本の学生さんとか、APU(立命館アジア太平洋大学)の学生さんとかに農業の大変さを体験してもらいつつ、モノづくりの大切さを学んでもらって、またそういうのに魅力を感じてもらいたいという風に思っています。お酒造りではお米の農家さんを初め、梅農家さんや紅茶の農家さんなどとの取り組みが非常に多いです。地元の農家さんと一緒にものづくりをすると、商品をつくるときの思い入れが強くなります。そして、我々が良い物をつくらないといけないという思いが、社員のモチベーションにもつながってきます。また、この田園風景を守るだけでなく、もっと増やしていきたいと考えてます。そして、最近ですね、大学のサークルに日本酒についてのサークルがあり、APUの中に興味を持っている人も多いので、今後はそういうサークルを立ち上げてもらおうと考えています。また、大学とのインターシップがあって、それは必ず受け入れるようにしています。毎年、別府大学の子が来てくれるんですが、来てくれた子の成長が見られてとても嬉しいです。ほかの大学にももっと広げていきたいですし、そういう人たちと現代の情報技術を使って、もっと日本酒を広めていきたいです。今、若い子に流行っているInstagramなどで味の評価や、我々が気づかないいろいろなところまでコメントを書いてくれているので参考にさせてもらっています。
うちはお客さんの口コミを第一にしているのでテレビコマーシャルは一切やらないようにしています。おいしいものをただ追究してつくっても、それだけじゃ売れない時代になってきているんですよ。口に入れるためのものづくりっていうのは、どういう人に飲んでほしいかとか、どういうところに置いてほしいというビジョンが先にあるべきだと思うので、外の(お客さんの)意見を感じながらやっていきたいと思っています。また、うちの会社はドラックストアや、コンビニには置かず、こだわったところでしか販売を行っていません。そうすると販売店は減るんですけど、依頼の数は増えて海外への出荷も増えてきました。そしてもっといろんな人が来られる会社にしたいです。
ボトルのラベルをオシャレにして、若い人や外国人も飲みたくなるお酒をつくっています。また今後はホームページや蔵の中もオシャレにきれいにしていきたいと思っています。昔は「日本酒イコールオヤジ臭い」とかそういうイメージがあったと思うんですけど、「日本酒ってカッコいい」とか「おいしい」と思ってもらえる飲み物にしていきたいと思っています。飲んで酔っ払うお酒じゃなくて、ワイングラスでオシャレに乾杯できるようなお酒をつくっていきたいです。何より経営者として難しいのは、何を残して、どんな新しいことを取り入れるかということですね。今まで受け継いできた伝統ある蔵は大切に残しつつ、新しい機械や技術も取り入れながらやっていきたいです。
女性客の増加と女性の働きやすい職場づくり
去年からは女性の社員さんも働いてくれたりもしているんですけど、お酒飲む人って意外に最近男性よりも女性のほうが増えていまして、中野酒造でも20代の女性のお客さんがすごく増えています。
それは日本酒をパックにしたりとか化粧水にしたりなどの新しい日本酒の利用方法が生まれたからなのかなと感じました。
女性の方だけでなく、日本酒をもっと皆さんの身近な存在にしたいというのと、日本酒のボトルのデザインもそうなんですけど「日本酒を飲んでみたいな」「日本酒をつくるところで働きたいな」というような蔵にしていきたいというのがあるので、今後10年かけて女性の方でも働けるような職場環境にしていきたいです。
お酒づくりの機械化
米麹をつくる前のお米を取り出す作業を一昨年までは自分たちでスコップを使って掘り出していたんですけど、今ではクレーンで吊り上げてくれるようになったのでより働きやすくなりました。
他にも昔はできなかった蒸気の調節ができるようになったりして、お米を蒸すこと自体も2年前と今とでは全然変わってきたんですよ。お米の蒸し方もやっぱり良いお酒をつくる条件になります。なので機械をつくる人たちの技術がどんどん進んでいくと良いお酒をつくるということにも繋がります。
これからの会社の方針
うちとしては建物と受け継がれてきたお水は守って、地元の地域貢献をさせてもらって、もっともっとおいしいお酒をつくって、杵築で荒れているところの土地が田園風景に変わって……。そして逆に県外で働いている人たちが「田舎がいいなあ」とかね、「田舎で働きたいな」っていうふうになるような会社にしていきたいなぁと思っています。それからね、昔から手を加えない自然のものを生かしてね、残していきたいなぁっていう思いでお酒をつくってます。
また蔵の中で使っている机や椅子に「智恵美人」のロゴを入れることにも挑戦したいですね。ただ単に「おいしいお酒をつくりました」じゃなくて、ラベルであったり、思いであったり、雰囲気であったり、そこまで大切にしていきたいなあと。ここで働きたいなあって思ってくれると嬉しいですね。
中野 淳之 (なかの あつゆき)
生年月日:1979(昭和54)年 9月9日
年齢:40歳
職業:中野酒造社
略歴
大分県杵築市出身 杵築高等学校卒業
平成14年 東京農業大学卒業後、酒類卸会社入社
平成19年 有限会社中野酒造入社
平成28年 有限会社中野酒造社長就任
創業時明治7年より、当時の女将「智恵」(ちえ)の名にあやかり「智恵美人」と名付け147年に亘り日本酒を製造している。日本酒は日本文化そのものなので、自然の恵みに感謝しながら地下200メートルより湧き出る水と地元の農家さんのお米を使用している。最近は、日本酒以外にも、紅茶リキュールやレモンリキュールといった時代のニーズに合わせたお酒造りに取り組んでいる。また、海外への出品も行い賞を取り、世界へと羽ばたき世界と地元で愛されるお酒を目標に日々お酒づくりに励んでいる。
取材を終えての感想
1年 南村 祐毅
私はこの聞き書きを通じて、普段触れることのないお酒という飲み物について、その仕事場を知ることができました。普段触れることのないと言えば、家族が持って帰って来たり、テレビでの番組企画で見たことはあるので少し過言にはなりますが、その味を知らない私たち子どもにもわかるようにお話いただき、その仕事愛や地元の農家さんとの協力などお酒の舞台裏をどっぷりと知ることができました。たとえば、地元のものを使ってものづくりをする点やお客さんの意見を感じながらつくっているという点などがあり、きっとこの蔵と中野さん達がつくるお酒はおいしいのだろうと強く思いました。
1年 工藤 柚月
今回の取材を通して何度も感じたのは、お酒づくりにおいて中野さん自身の中でのビジョンが明確に定まっているということです。先祖代々続いてきたお酒を自分なりに改良したこと。「ワイングラスで乾杯できる日本のお酒をつくる」という今までにない発想をしたこと。そして何よりそのビジョンを実際に行動に移して成功を収めたことに感銘を受けました。また、中野さんがおっしゃった「伝統を引き継ぎつつ新しいものを取り入れていく」という言葉がとても印象に残っています。明治から続く酒蔵の良さを残し、令和という新時代に相応しいお酒をつくっていくという考えが革新的で素敵だなと感じました。今回感じた中野酒造の素敵さをこの文章を通してより多くの人に伝えることができたら嬉しいです。
1年 塚本 そよ
私は今回の取材を通して、中野さんの考え方に強く心を打たれました。
「“杵築のお酒”を世界に広めたい」これは取材中に中野さんがおっしゃった言葉です。現にちえびじんは世界の舞台で表彰されています。世界に進出しても尚、中野さんは地域のことを第一に考えてくださっていることを肌で感じました。
私は中野酒造がある地区に住んでいます。私も学校に登校するとき、中野酒造の煙突から出る蒸気を意識して見るようになりました。それは取材を通して、中野さんの考え方に触れ、感動し、中野酒造とちえびじんに愛着が湧いたからです。
今回の取材で一つ残念だったのが、未成年のためちえびじんを試飲できなかったことです。
早く大人になってちえびじんをぜひ味わいたいです。
1年 山田 天翔
私は、今回この聞き書きという活動に参加させていただきたくさんのことを学びました。中野さんとのたった2回の取材でしたが、地元愛や地元の農家さんとのつながりを大切にすることや、一緒に取り組みをなさっていて、もっと地元を盛り上げようと頑張っているところがとても素晴らしいと思いました。また、伝統を大切にし自分のやりたいことに挑戦していこうという姿が、いつの時代も大切だということがわかりました。そしてこうやって、代が変わっても何かしらの伝統を残していつまでも続いていくんだと考えると、とても心にしみてきました。これからは私も、中野さんのように常に何かに挑戦しつつ新しいことに取り組んでいきたいです。